いアサジオーリ創設のホリスティックな心理学
For Holistic
Life (身=bioと心=psychoとスビリチュアルな統合=synthesisをめざして
人間の心と身体を全体として包み込むやさしい統合心理学(サイコシンセシス)
戦わない・排除しない・教え込まない
人間(自分や他人)の多様性や多重性を尊重し、善意ある意志を高めて、人間の心とからだの可能性を段階的に育てる。
人間は、良いものであれ悪いものであれ、関心のあるものから影響を受ける。
自分の意志で、他人の世界観だけではなく、自分の世界観からも離れる自由(脱同一化する力を)を持つことが大切である。
- 身体のレベルでは、疲労回復・免疫力の改善がみられ、ストレスに強くなります。
- 未来志向の生き方を育てます、つまり「自由時間もお金も愛も健康も美も知もある豊かなライフ」の実現です。
- 心理面では、自分に問題を起こしているサブ・パーソナリティーを見つけケアします。
- (感情的になった自分、傷ついた自分、エゴに満ちた自分など)を見つけ対話を始めます。
- 芸術・精神分野では、感覚が鋭くなり、インスピレーションで満ちてきます。
心理学の世界における統合心理学(サイコシンセシス)の位置と言葉の意味
- 心理学に二つの流れがあります。一つは、脳生理学を元にした医学としての精神分析と臨床心理、実証行動科学としての行動心理学です。いまは数の上ではこちらの方が多いです。
- もう一つは哲学の流れをくむ心理学です。フロイトの無意識の精神分析(サイコアナリシス)から進化して、「全体として人間をとらえるという人間性心理学」がうれました。ユング、ロジャーズ、統合心理学(サイコシンセシス)は、この人間性心理学のながれの一つと考えてください。
<<<サイコシンセシスの言葉の意味>>>
- サイコは心や心理であり、
- シンセシスは「統合や化合」です。アナリシス(分析)とは反対の意味です。
シンセシスは、違う二つのモノが組み合わさる事により、バラバラではできなかった事よりも、すばらしいモノができあがるという意味です。化合物は元の性質よりも優れた性質をもった物体に変わります。
注意
統合心理学(サイコシンセシス)は心理学を統合するという意味ではない。治療という視点ではない、カウンセリングとも、手法もちがいます。教育支援の心理技法とも言えます。コーチングとやりかだが似ています。
総合目次 Index
Psychosynthesis
Japan
Connection
bio-psycho-spiritual harmony
PraJnaCreation
Design by 岩崎正春 hal4life
更新2021/02/14日
- 日本のサイコシンセシスのガイド達
- 平松園枝 統合心理学(サイコシンセシス)学会会長
クリニック予防医学センター
- 岩崎正春 統合心理学(サイコシンセシス)学会副会長
- サイコシンセシス(統合心理学)学会アドバイザー
- 中川吉晴 立命館大学文学部教授 ホリスティクック教育協会副会長
- 瀧澤紫織 元国立天竜病院精神科医 PTDS、グリーフセラピー
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統合心理学(サイコシンセシス)
サイコシンセシスはイタリアの心理学者R.アサジオーリが1910年台から20年代にかけて確立した。フロイトやユングが人間の無意識の原因分析(サイコアナリシス)を中心に展開してきたのに対照して、サイコシンセシスは、過去の原因分析よりも、未来志向でホリスティック(全人格的、すなわち身体的・感覚的・感情的・創造的・倫理的・社会的・意志的・トランスパーソナル)的な全体の統合調和の実現に取り組む。心理学に個人を超えた意識(トランスパーソナル心理学)への領域へと切り開いたが、無意識や高次元の意識の開発にだけ目を向けるのでもなく、現実の社会で、全人格的(ホリスティック)で巧みで善意(Love)ある自主性(Will)を育て、ライフスタイルを良いものに組み替え続ける事(プロセス)を大切にする。
★もう一つのサイコシンセシスの特徴は、オープンな体系であることです。アサジオーリはサイコシンセシスの目的を広げようとしたが、サイコシンセシスの元に一つの統括組織を作ろうとはしなかった。目的は「それぞれがそれぞれの人生観や世界観をつくり統合してゆく事を可能にする。オープンな体系です。総本山的な一つの統括組織を作ることは、目的と手段のはき違えであるというのがアサジオーリの考えだと思います。この精神でつながっていることが、サイコシンセシスのガイド(カウンセラー)達の共同体意識(コミュニティのきずな)と言えるかも知れません。
統合心理学(サイコシンセシス)でめざすこと
(解説 岩崎正春)
これは、解説者がサイコシンセシスをガイドするときに、説明している骨子です。ガイドによっては、違った進め方をするのが当然と考えています。
卵形図形
1. 下位の無意識
2. 中位の無意識 3.上位の無意識 4. 意識の領域
5. 意識の中心のセルフあるいは「わたし」
6. トランスパーソナル・セルフ 7.集合的無意識
ホリスティックな心理学であるサイコシンセシスと大乗仏教
ホリスティックな心理学であるサイコシンセシスと大乗仏教
分析心理学や精神分析が人間の病理学的側面を研究して発達してけれども、アサジオーリはそれだけでは不十分と考え、人間の善なる(愛ある)意志が創造的に開花した状態にも注目した。科学や文化や芸術て様々な功績を挙げた人、すばらしい芸術家、高い精神性で人類のために奉仕した人達にも注目した。そこから統合心理学(サイコシンセシス)が生まれたのです。意志と魂の心理学と言われるゆえんです。
これは仏教のの成り立ちと似ていると言えます。
初期の仏教は生老病死の無常(人間のマイナスのサイド)から解脱する事がテーマでした。
シャカは、生老病死の苦から逃れる事ぱできない,人生は無常である。其の苦は出家し瞑想し、出家して悟りに達する事によってのみ解脱出来るというが、初期の仏教の立場でした。
確かに、人生の夢や目標や.愛する人との繋がりも、病気や老いや事故や死によっていとも簡単に崩れてゆきます。医学も、最終的には、死の前に敗北する。
時代が進み大乗仏教になるとさらにこの視点が進化展開されて行きました。生老病死からは逃れる事は出来ないが.
大乗の思想には二面がある。一つは、それは人間の生老病死と離別の苦を無常と捉える人間暗黒面への深い洞察であり、
もう一面は、そのなかでも、人間の中なる仏性の可能性への賛美であす。われわれの中に無限の仏性が隠れている。その部分に明るい認識の光を当てようとするのが大乗の極意です。
世界というものはすばらしい。どんなに科学が進み知恵が進んでも、生はやはり解きがたい神秘=Wonderを含んでいる。それは無限の可能性(宝)を宿している。
無限の宝というものは、何よりも、自身の中にみあなたの中にもある。自分の中の、世界の無限の宝を開拓する。これは大乗(タントラ)仏教の思想です。アサジオーリも神智学の影響を受けており、光明体験をしています。
サイコシンセシスの人間観に近い大乗仏教をうまくまとめた白隠禅師の座禅和讃
タントラ(大乗の秘密)は無常な世界に至福の悦びに包まれながら生きる(死ぬ〕ことです。一杯の水に命の潤いを感じ.、ー輪の花の中にいる虫に、それぞれの人の眼の輝きや声や鼓動や躍動に個人を越えた人類の命を感じる。個人を越えた(トランスパーソナル)な存存在(低次から高次の神霊まで)をも感じる。自分が全存在と共にいる愛を感じながら、歓びと静かさの中に満ち足りた呼吸をして、この世を安心して生きる(去る)ことです。
ホリスティック(全人格)に調和のとれた「ライフ(いのち・生活・生き方・人生)」)を創造するために、下の各段階で、状況を改善し続ける善意の意志と具体的な問題解決力を育てる事をめざしています。
(1)ひとりの人間としての自律的成長(個人の統合)
●自分にとって存在する「現実」とは心が捉える「世界」であり、リラックスが必要です。
●心の世界(サイコ)に働きかけ、「成長」と「調和・統合(シンセシス)」を生み出す行動目標をつくり、シミュレーション(イメージワーク)します。その過程で、いままで「私は、なぜ出来なかったか」という障害に気がつくものです。自分の内なる様々な性格(サブ・パーソナリティー達)の弱いところや未熟な所を見つけ助けてやります
●セルフエスティーム(自尊感情)こそが自分らしい生き方を可能にします。●この過程で、今まで無批判に受け入れざるを得なかった日本の社会の「しつけ・教育・人間関係・価値観」などの影響に気がつき、「自分の意志で自らの人生を選び直す(脱同一化という自由)」という大変ですが大切な自由の選択を行います。
●サイコシンセシスでは、ワークをリードするのをガイドといいます。リーダとは呼びません。リーダーや権威に従うという条件付けでは「自由な時間もお金も愛も健康も頭脳もある豊かな人生」は学び取れないからです。コーチングのコーチとも違います。それぞれの人生は、先例のない人生です。コーチの判断で、行動するのではなく、自分の選択で生きるという姿勢を尊重します。
●ガイドとは、ガイドを雇っての旅です。ガイドも参加者も、一緒に人生の旅をします。より安全に、より楽しめるように、大切なポイントでは、案内をしますが、それを見るか見ないか、取り組むか取り組まないかは、それぞれの意志によるのです。
●高い山に登るだけが人生の価値でもありません。小さな山でも森でも一本の草花にも、小さな花の花粉の中にいる小さな虫の足の動きに大宇宙を感じ、夜空の星や満月の美しさをみつめる自分の小ささを感じ、川の水の流れや、大きな木の中に悠長な時間と人間の生を感じる。そして、人間のライフには、笑いも涙にも満ちている。素直な人間関係とは協力だけを意味しない。不安も喜びも悲しみも愛と同じようにある。人間の目の美しさと輝き、笑いや涙、ハートの鼓動、愛、一体感、不安と深いやすらぎ、興奮と静寂、生の神秘!そういう事をマインドフルに(心を込めて)感じ行う事が「自由な時間もお金も愛も健康も頭脳もある豊かなライフデザイン」には大切なのです。
(2)共に生き分かち合う喜びを高める。まず Give する事から生まれる相互尊重
Willingness
自分の能力を押さえるのではなく、お互いが能力を尊重し発揮する事により共に生きるという生き方(パラダイム)を考えます。
●相手の話を思いやりを持ち積極的に聞く事、(Positive
listening),
勇気を持ち誠実に対話をすること、対話により共通の合意と生き方をまとめることをめざす。具体的には、お金はあなたにとって相手(You)に喜んでもらえる「もの」やサービスを提供する人に集まると考えます。「毎月の給料日に、どこかの組織が支払ってくれる」という考え方では、「豊か」とは言えないのではないでしょうか。給料や報酬以上にWillingness「喜んでもらえるのがうれしい気持ち」から人からの豊かさがやってくるの考えます。「自由な時間もお金も愛も健康も頭脳もある豊かなライフデザイン」は、一人では実現しません。自分も周りの人にも環境にも恵をもたらす「ライフ(いのち・生活・生き方・仕事・人生)」が「自由な時間もお金も愛も健康も頭脳もある豊かなライフデザイン」だと考えます。
(3)人間の深い智恵(プラジナ)=トランスパーソナルな意識に広げる。(次の段階のテーマ)
個人の思考を超えた大きな意識に広がることにより、様々なインスピレーションがうまれ、自分や他人や自然との「いのちのつながり」を共感する。そこに様々な個人を超えた「やすらぎ」や「思いやり」や「愛」がもたらされる。
(4)以上を実現する為の、その場しのぎでない全人格的な具体的問題解決能力を育てる。
サイコシンセシスのHPを見ていただければわかるように、サイコシンセシスでは非常に沢山の具体的な課題達成の手法が開発されています。(目標を実現可能にする時間管理、自分の感情・気持ちを相手の人に誠意をもって説明すプレゼンテーション能力、セルフ・エスティーム(自己尊重)、意識熱意(モチベーション)の高揚、最悪の事態回避法、悪意や無知からの中傷や攻撃から自分を守る対話法=アサーティブネス)など。自由な時間もお金も愛も健康も頭脳もある豊かな「ライフ(いのち・生活・生き方・仕事・人生)」が今度のセミナーの目標です。
日本のサイコシンセシスのガイド達
統合心理学会メンバー
伊藤雄二郎 (東京)
サイコシンセシス(統合心理学)学会アドバイザー
中川吉晴 立命館大学文学部助教授 ホリスティクック教育協会副会長
瀧澤紫織 元国立天竜病院精神科医 PTDS、グリーフセラピー
なぜカウンセラーやセラピストと呼ばないでガイドと呼ぶか?
サイコシンセシスでは、人生の諸問題にたいしては、どんな人でも同じ立場にあると考え、サイコシンセシスを紹介する人を、ガイドと呼んでいます。ガイドは、人々を有意義な体験をしてほしいとガイドをしますが、どのような気づきと学びがあるかは、一人一人ちがいます。ホリスティック教育理念を読んでいただければ、理解していただけると思いますが、ひとりひとりの個性があるからこそ、全体が生きてきます。特定の分野では、だれもがすぐれています。人生のすべての面での絶対的な上下関係はありません。セラピストと患者という関係は成立しません。
●サイコシンセシスでは、ワークをリードするのをガイドといいます。リーダとは呼びません。リーダーや権威に従うという条件付けでは「自由な時間もお金も愛も健康も頭脳もある豊かな人生」は学び取れないからです。コーチングのコーチとも違います。それぞれの人は、個性がありかけがえのない命です。一人一人の個性があるからこそ、全体が生きてきます。それぞれの人生は、先例のない人生です。
●特定の分野では、だれもがすぐれています。人生のすべての面での絶対的な上下関係はありません。
●ですからセラピストと患者という関係は成立しません。
●コーチングという姿勢とも良く似ているかも知れませんが、コーチの判断で行動するのではなく、自分の選択で生きるという姿勢を尊重します。
●ガイドとは、ガイドを雇っての旅です。ガイドも参加者も、一緒に人生の旅をします。より安全に、より楽しめるように、大切なポイントでは、案内をしますが、それを見るか見ないか、取り組むか取り組まないかは、それぞれの意志によるのです。
●サイコシンセシスには世界中にコーチが沢山いますが、サイコシンセシスの権威者はいません。
●たしかに、人間には「これ人や考えさえ信じれば大丈夫だ!救われる!」というもの求める傾向にあります。それはエゴが作り出した実件不可能な幻想ではないでしょうか。確かに、そういうものをめざす権威主義の団体などはあります。サイコシンセシスはそのような視点をとりません。創設者のアサジオーリみずからそのような姿勢をとったことはありません。
現在、サイコシンセシスを紹介するガイド実践者として自認して活動している人は上の通りです。
このサイコシンセシス・コネクション・ジャパンは、営利団体ではなく、サイコシンセシスのめざしている理念が広まるようにと考えている人の、自由なネットワークです。他にも、サイコシンセシスを学んだ人達もいます。ぜひ、このつながりに加わってください。また、みなさんも、ぜひサイコシンセシスのガイドとなって、参加してほしいと思います。
(それぞれのガイド達の進め方は、全く同じではありません。同じお花を使っても、違った生け花(アレンジメント)になるのと同じです。また、ガイドであっても、参加する人の個性は様々です。)
様々な美しさと可能性を持っている人達との出会いによって、様々な人生の旅路を体験しています。
毎日みている同じ川であっても、決して同じ水が流れているのではありません。
サイコシンセシスのワークショップの具体的な内容
(1)ひとりの人間としての自律的成長(個人の統合)をめざす為のワーク。
A.まず、リラックス。身体の緊張を解放する
身体が緊張した状態では、感情も思考も精神も本来の働きを発揮できない。まず最初に勧めるのは、疲労を回復し、身体の緊張をほぐすことである。ストレスにより精神的・身体的緊張が続くと病気を引き起こすだけでなく、つまらないミスをしてしまい、問題解決がますますうまく行かなくなり、悪循環となる。リラックス出来ていないことが、自分の身体・感情・精神へのダメージとなり、人生で一番高くつく。逆に、心身がリラックスした時には、身体の自然治癒力・免疫力がたかまり、病気の回復・予防になる。また、学習能力や問題解決能力は高まる。我々の多くはこの事を頭では知っている。しかしリラックスするのは簡単ではない。というのは家庭や学校教育ではリラックスよりも緊張により能力を高める事をめざしてきた。また、「リラックスしろ」と声を聞くと、今までの失敗を思い浮かべ、重いとは裏腹に、さらに緊張状態が高まることさえある。本
当の意味でリラックスを習うということは、まず、自分の中に教え込まれ組み込まれた緊張の悪循環に気づき、抜け出すことである。水泳と同じように、リラックスは習うことにより、さらにうまく効果的に達成することが出来ます。
B.センサリー・アウェアネス
身体の緊張をほぐし、リラックスの仕方を習ったあと、「気」の力を使い五感に対する感受性(Sensory
Awareness)を高めます。トレーニングする事により、「ものを感じとる力」も高めることが出来ます。この結果、毎日何気なく見ていた花や緑の色が鮮やかに感じられるようになり、音楽や言葉が体にしみ入り、食べ物の味や匂いに敏感になります。また、自分や人、あるいは自然との「つながりかた」に、新しい局面を発見することでしょう。健全な身体のイメージを育てましょう。
イメージワーク
イメージの持つ身体と心の統合(治癒力を含む)を育てる
(人間のイマジネーションを育てるワークを、非常に大切な技法として使っています。)
良い健康・安らぎ・人とのつながり・豊かな自然の平和な地球。それは、心の中のイメージからはじまり、世界へとひろがる。自分の世界観イメージ=パラダイムが組み変わる事により、人やモノや自然とのつながり方が変わる。イメージの広がりが未来を作ってゆきます。く。困難な時代だからこそ、心の中に積極的なイメージを巧みに育てませんか。
サイコシンセシスでは「意志」の他に「イマジネーション」を大切にしています。サイコシンセシスというとイメージワークと誤解する人がいます。自分にとって「現実」である「心の中の世界」で、美しい情景を想像し、そこでものを見たり・聞いたり・動いたり・匂ったり・味わったりという心地よい体験を積み重ねます。それにより、
1.身体のレベルでは、疲労回復・免疫力の改善がみられ、
2.ストレスに強くなります。
3.心理面では、自分に問題を起こしているサブ・パーソナリティー(感情的になった自分、傷ついた自分、エゴに満ちた自分)を見つけ対話を始めます。
4.芸術・精神分野では、感覚が鋭くなりインスピレーションで満ちた来ます。
イメージワークの及ぼすマイナスの効果
イメージワークの可能性して、視神経の疲れや白日夢や不眠などの心身症の症状の出る可能性があります。
現在この誘導イメージワークを、独立したセラピーとしている人たちがいます。日本でもよく使われるようになりました。テクニックが絶対視され、その禁忌を無視して使われる事、マインド・コントロールの手段として使われる事、偏った目標達成のため自己暗示的に使われる事に、危惧を感じています。サイコシンセシスのイメージワークは、そういう可能性を認識し、どんな目的で使われるときでも、同時に「自らの意志で選択する力」を育てる様に組み立てています。
イメージワークについて、別のページにまとめたものがあります。
イメージワークとは・活用法・育て方
- イメージワークをいのち・生活・生き方・人生の為に
- 誘導イメージワークの組み立て方
- イメージワークを活用しようとする人に
- 効果とその弊害
自分の中のサブ・パーソナリティー達に気づく
サイコシンセシスの人間観
★★サブ・パーソナリティー=だれもが多重人格という人間観★★
「あんたは二重人格だ」と非難する人がいるでしょう。その時は、「いいえ、二重人格者ではなく、多重人格者です」と答えませんか。従来型の人間観では「よい性格vs.
悪い性格」などと捉えてきました。「良いものはのばすが、好ましくないものは徹底的に戦ったり、排除したり、押さえつける」という姿勢でした。しかし、サイコシンセシスでは、オープンでホリスティックな人間観にトランスフォーム(質的変容)する事を主張しています。「良い・悪い」ではありません。なく「自分の中にいるたくさんの私(サブ・パーソナリティー=好きな自分も、嫌いな自分もある。)」に出逢い、それぞれの願いを聞いてやり、全体としての成長を願うことです。
★★自分の中のサブ・パーソナリティー達に気づく★★
人間は、受胎から誕生までの間に、生物の進化の過程をおさらいして生まれてきます。下の方から、魚の脳、は虫類の脳、馬のような哺乳類、猿の様な哺乳類、そして人間というように階層化されています。だれもが魚・は虫類・馬・猿のような本能をもっています・誰もが多重人格なのです。自分の内に住んでいる大勢の違った性格の人たち(内なる動物、赤ん坊、幼児、少年、大人、親、老人、高次元の自己、母性や父性とよぶ様々なサブ・パーソナリティー達)です。自分の中のすぐれたサブ・パーソナリティーを知り、と、頑固で欲求不満で傷ついた未熟でサブ・パーソナリティーをも見つけてやる事が成長の始まりです。
サブ・パーソナリティー全員の願いを聞き、かなえ、育てる事が全体の調和につながります。
★多重人格であることが悪いのではないのです。
最近流行の言葉に「多重人格」や「アダルト・チルドレン」という全人格を否定し排除するような見方がありますが、サイコシンセシスの見方では、「内なる子供が横暴になり、その他のサブ・パーソナリティーに迷惑をかけて、実生活で問題を起こしている」と理解します。アダルト・チルドレンは、本当は、「うまく育たなかった内なる子供」であると私は捉えています。内なる子供は、うまく育つと、夢を育て人生を感動とワクワクしたものに変えてくれるのです。
「"Ice cream cones taste best
when you are four years old!"
四歳の子供の時が一番アイスクリームがおいしい。」
という歌があります。
イキイキとした内なる子供が住んでいる大人には、たとえ、小さな事でも心から喜びを感じることが出来るのです。つまり、いくつになっても、「アイスクリームはおいしい」のです。その味を台無しにしているのは、むしろ、内なる教師や批評家や皮肉屋の大人のサブ・パーソナリティーなのです。
★成長を一番妨げているのは、
★今までにたどってきた人生とは、自分が選択してサブ・パーソナリティーに取ってきた行為・態度の結果です。そのなかで、成長を一番妨げているのは、自分の一番変えにくい部分(弱い部分、傷つき・気にしている)です。次第に、自分が自分の言うことを聞かなくなりサボタージュし、最終的には、自分を拒絶したり、ワークホリック・依存症になって抵抗する事もあります。
問題のあるサブパーソナリティと全体としての調和をもたらすためには、やさしい内的・外的協力
(サポート) 体系を作ることです。
1、課題のあるサブ・パーソナリティの存在に気づく
2、それが存在する、自分の中にあるという事実を受容する。尊重する。
3、その存在の意味を深く理解する。
4、今までのことをねぎらい、感謝する。尊重して、共感的に暖かく受容する
5、その存在を分かった上で、今後は、他の副人格も含めた全体としての調和を図り、自分の
進めたい方向の中で、この副人格も生かす。
全体を指揮していくのは自分であることを自覚し、副人格にもそのことを伝える。
やさしい内的・外的協力(
サポート)体系を作る。
1.他人からうまく援助 2.お互いに助けあること、3. 自分で自分を助けることです。自分の回りにそういう環境を整えませんか。
★助けてあげるサブ・パーソナリティーを選び、その為の時間とエネルギーを計画にいれる。
内なる子供(インナーチャイルド)達との対話
結果を選ぶことは出来ないが、行動を選択することは出来る。全体の結果がこれからの自分となる。
声や動きを使った感情の表現
閉じこめられた感情のワーク
人間には自分の考えを感情やイメージを、声で動きで表現したいという自然な欲望もある。しかし、二本足で歩き、機械や道具を使い、言葉を使う人間の生活では、自然な身体の動きが妨げられている。さらに、ストレスの為、人間関係のために身体の筋肉を鎧のように緊張させ、呼吸を押さえ、顔を仮面の様にする事で、感情を生き埋めにしている。押さえ込まれた感情は消えてしまったのではない。醜い形で表れてくる。呼吸・発声・身体の緊張(心の鎧と仮面)を脱ぎ捨てるとともに、押さえ込まれた感情を解放し、自分の気持ちを声にする・動きで表現する事は、癒しであり、大人が忘れかけている表現の楽しさです。ネオ・ライヒニアンセラピーに基づく
脱同一化(自分の意志で離れる自由・目標からの自由・共依存からの自由・依存症からの自由)
これは逃げ出した、戦い・排除することではありません。「とらわれない」でその状態にいるのも良し、離れるのも良し。
「わたし」は本当はどの様な事をやりたがっているのでしょうか? 本当にやらなければならない・やりたいと思っている事(逆に、いやだと無意識的に反発している事)は、誰かのせいで教え込まれたものかもしれません。誰かから受け継いだ人生のシナリオかもしれません。やりたい事としなければならない事とを混同しないようにしましょう。人間は、良いものであれ悪いものであれ、関心のあるものから影響を受ける。誰が・どんな組織や・モノが・信念や・考えが・自分のどの様な感情や性格が、自分のあり方に影響を与えているか気づいている必要がある。そういう思考や行動から、自分の意志で離れる自由(脱同一化する力を)を持つことが大切です。これは逃げ出した、戦い・排除することではありません。主体的にそこから離れる力を持たなければ、それが良いものであったとしても、執着であり、本当の自由があるとは言えません。組織や教義から利用される危険もあります。ここで育てようとしているのは、冷酷な意志ではなく、善意に満ちた巧みな意志である。人生を調和のとれたものに組み替え総合してゆく(シンセシス)であり、人生の深みと喜びを感じる能力です。
脱同一化(disidentification)のワークを紹介します
[準備]
心身を心地よくリラックスして、「自分自身のなかにはいること」。瞑想的な状態にはいれればなお望ましい。
[第1ステップ:身体からの脱同一化]
「私は身体をもっています。しかし、私は私の身体ではありません。私の身体は、健康であったり病気であったりそのときによっていろいろな状態になります。また休息がとれていたり、疲れていたりします。しかし、それは、私のセルフ、真の『私』とは全く関係がありません。私は、白分の身体を、外界において体験し、行動するための貴重な道具として重要に思っています。しかし、身体は単なる道具にすぎません。私は身体を大切に扱い、よい健康状態を保つよう、心がけます。しかし、身体は私のセルフではありません。私は身体をもっています。しかし、私は私の身体ではありません」
[第2ステップ:感情からの脱同一化]
「私は感情をもっています。しかし、私は私の感情ではありません。私の感情は多様であり、変化するものであり、またときには相矛盾するものです。私の感情は、愛から憎悪へ、平静から怒りへ、喜びから悲しみへと動揺します。しかし、私の本質 私の本性 は変わりません。『私』は変わらず安定しています。もし、私が一時的に怒りの波にのまれるとしても、怒りの波はそのうち過ぎ去ることを私は知っています。ゆえに、私がこの怒りなのではありません。私は、自分の感情を観察し、理解することができます。さらに徐々に感情を方向づけ、利用し、調和をもったものに統合していくことができるので、そのような感情が私のセルフでないことは明白です。私は感情をもっています。しかし、私は感情ではありません」
「私は欲望をもっています。しかし、私は欲望ではありません。欲望は私の衝動(肉体的、感情的)やその他の影響によりひき起こされます。欲望はひきつけられるものや逆に憎悪を感じるものが変わるとともにしばしば変化し、矛盾しあいます。ゆえに欲望は私自身ではありません。私は欲望をもっています。しかし、私は私の欲望とは異なるものです」
[第3ステップ:知性からの脱同一化]
「私は知性をもっています。しかし、私は私の知性とは異なります。私の知性は、発見と表現の大切な道具です。しかし知性は私という存在の本質ではありません。知性の内容は、新しい概念、知識、経験をとり入れるにつれて絶えず変化します。私にしたがうことを拒むこともしばしばです。それゆえ、知性と私が同一ではあり得ません。知性は、私の内界と外界に関する知識の器官です。私のセルフではありません。私は知性をもっています。しかし、私は知性ではありません」
[第4ステップ:同一化]
「私自身すなわち<私>を脱同一化したあとに感覚、感情、思考など意識の内容から、私は、純粋な自己意識の中心であることを認識し、確信します。私は、すべての心理的過程と私の肉体を観察し、方向づけ、活用できる意志の中心なのです」
「それなら私は一体何者なのでしょうか。私自身を、私の肉体、感覚、感情、欲望、知性、行動から脱同一化したあと残るのは何でしょうか。それは私の本質 純粋な自己意識の中心です。それは、私の個体としての生において絶えず変化する流れのなかで、永久不変の要素なのです。それは、私に存在、永遠、内的バランスの感じを与えてくれるものです。私は自分のアイデンティティがこの中心にあることを確信し、その永遠性、そのエネルギーを認識します。この中心は静的な自己意識をもっているだけでなく、力動的なパワーをもっています。心理学的過程と身体のすべてを観察し、支配し、指揮して利用することができるのです。私は気づきとパワーの中心なのです」
他にも同じような手法はたくさんあります。
日本の禅宗では、特に臨済宗では、この「とらわれない」でその状態にいる。
これは逃げ出した、戦い・排除することではありません。
生・老・病・死について考える。
間違いなく人生は病気・老いる事・死の苦しみ(絶対苦)に加え、人との出会いと離別の苦しみに満ちており諸行無常である。自分の問題として、病気になり・年をとり・死を迎える過程で、どの様なことに遭遇するかをシミュレーションします。かなりショッキングな内容になると思いますが、自分の事を見直すチャンスになると思います。サイコシンセシスのの目的は、そこ(生老病死)から今を生きる勇気と喜びを見いだすワークです。人生は神秘的でもあり美しくもあり、笑いにも喜びにも満ちている。日常の中の小さなモノ事や人間関係のなかに、時には病気や苦しみの中でさえも、喜び(至高体験)を感じる事ができます。人生の厳しさと素晴らしさの両方を体験できるワークショップになるおもいます。
本当に、自分は人生に何を望んでいるのかを迷っている人。生まれ変わってやり直したいと思っている人、今まで目標にして来た事が本当に自分のやりたい事か?一生かけてする気か?死ぬ気でやれるか?とか確かめたい人には、生老病死の視点から洗いなおすのには、良いチャンスとなるでしょう。
生まれなおしに値するワークになると思います。
- ライフ・カウントダウン
- 最悪の事態を回避する
- 最悪事態の予測シミュレーション
- 心配する順序を考える
(2)共に生き分かち合う喜びを高める相互尊重と援助のワーク。
ひとりの人の存在が、自分の気分を大きく左右する事は体験的にだれでも感じています。親・兄弟・家族・友人・恋人など、今までの自分に影響を与えてきた人との関係を見直す。それにより、これからのつながり方を改善する選択の自由がでてくる。世話されて生きていた自分から、自立している自分、そして、相互に尊重し援助しあう関係に実りのあるつながり方に変えて行く事が出来る。
- 関係を見直すワーク(バランスシート/折れ線グラフ)
あなたの心の中心(に影響を与えている)にいる人・モノ・事はだれですか
ある人の欠陥や無理解で自分の人生を台無しにすることはない。その人の生き方と自分とは同じではないと脱同一化しよう。
イメージワーク(アートセラピー)を日常に取り入れる
(3)人間の深い智恵(プラジナ)=トランスパーソナルな意識とのつながりを広げる
智恵(プラジナ)とのコンタクト
潜在意識からインスピレーションを受ける。
深い潜在意識及びトランス・パーソナル(個人を超えた)な意志・感情(Love)とのつながりをつくる
意識の深いところに眠っている自分の本心(本当に自分が願っている事、やりたい事)や高次元の人間の意識(愛、誠実さ、友情、仕事などにたいする直感的インスピレーション)、個人を超えた意識とのコンタクトが出来るチャンネルを探ります。
至高体験 ハート(Love)を開く!
喜びを感じる力は、主体的なものである。各レベル(身体のレベル、心=ハート等、)で意識が集中している対象と一体となった時に、「これだー」という喜びを(エクスタシー)を体験をする。その人の「気」の状態と関わり方により、爆発的な至福を味わったり、静かな至福を味わったりする。毎日の小さなモノ・事の中にも、喜びを感じとる力(知足)は、人格の完成の一つ一つの過程として貴重である。
自分の影の部分を見つめる。
あかりを灯すことは(照らしたものの後ろに)影をつくることでもある。どのような人やサブ・パーソナリティーにも、組織にも、モノにも、思想や教義、そして意識や行動にも、長所・短所の二面がある。自分の一番の長所の影(長所が裏目に出たときの影響や批判的な評価)を知ることは、つらいことだが必要であり、そこから得られることは大きい。善い面が創造的に働き、悪いサイドが破壊的に働かなければよいのである。この影は、精神世界(宗教・セラピー・教育・思想界)にも強く出るので、細心の注意が必要である。
(4)全人格的な調和・統合(シンセシス) = 個人の意識の調和化
巧みな意志と豊かな感情の両方が十分に融合し、自分の日常生活に生かされる事が目標である。より望ましいライフスタイルの為に、自分の今までの目標設定、行動様式などを統合的に組み替え続ける。その連続した積極的な行為の中での知足・日々是好日をめざす。
ホリスティックなライフ・デザインを作る。
全体としての、日常とは、喜びも悲しみも、うまく行っている所もそうでない所も全体がそのまま同時に存在する。良いものしか見えない生活や、悪い事ばかりしか目につかない生活は、実は偏ったものである。公正な目で見ると毎日の中に善悪・喜怒哀楽もが同時にあるのが人生である。二元良い悪いを超えて、あるがままを、好い日として「精進・努力をする事」の中に生の喜びを感じる事が最終的な目標である。
サイコシンセシスの手法のオープンさ
この講座では、以上を育てる手法として、サイコシンセシスの特色である誘導イメージワーク、脱同一化、身体・感情・マインドのワーク、心理劇・トランスパーソナル・セルフとの対話などたくさんの技法を駆使する。現在サイコシンセシスで開発された手法が、一つの心理療法として扱われてしまっているが、サイコシンセシスでは、アサジオーリ以来の姿勢として、一人一人のいのちの自主性(人間性)を尊重しているオープンでホリスティック(全人格)的な統合をめざしているので、「これさえやればよい(唯一)」「これがサイコシンセシスである」という一つの技法・主義・個人・組織を主張する事はない。
取り組む具体的ワークリスト
- 時間管理
- 健康を作る
- センサリー・アウェアネス
- 健全な身体のイメージを描く
- 生老病死のワーク
- Life Count
Down
- 自分で作るライフデザイン
- 人生で一度でもやりたいと思ったことをリストする
- 達成したことをリストする
- あなたはデザイナーである。自分で考えられる。自分で決められる。
- 本当にやりたい事を探すために ドラフト
- 修正する
改訂1版
- 行動計画
- 人間関係のワーク 一人の人の存在が自分の気分を大きく左右する
- Relation graph
- 人生のバランスシート
- 一年の計画
- 最悪事態を回避する方法 。
- 予測法
- 心配する順序
- サブ・パーソナリティー達(内なる子供達)との対話
- 子供の時の家を尋ねる
- 砂場からのおもちゃ
- 知らない自分を見つける(自分の影や否定的な部分を、力のついたここからワークします)
- 閉じこめられた感情を解放する
- 押さえ込まれた感情は消えたわけではない。見にくい形で自分の身体や心に影響をあたえる。そして、他人にも影響する。
- 自分であることを祝う
- 人との対話をはじめる
- 善意と誠意を持って話す
- しっかりとキッチリとNoという練習(アサーティブネス)
- 悪意ある発言から、相手を攻撃しないで、優しく身を守る方法を考える
- 自然にふれる
- ハイヤーセルフとのコンタクト
ホリスティック関連のリンク集
日本のホームページ
海外のホームページ
ホリスティックな視点の大学院大学
現在 SEN(Spiritual Emergency
Network)もある。
- 1.OISE/UT Home
Page
日本のホリスティック教育のルーツ
- 3. Institute of Holistic
Healing Studies
サンフランシスコ州立大学にあるアメリカで最初のホリスティック・ヘルスの学部
- 4.Institue of Transpersonal
Psychology
トランスパーソナル心理学の大学院大学
ソフィア大学
- 5.Association for Humanistic
Psychology
アメリカの人間性心理学協会